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イスラムの伝統と欧米近代を超えて

2010年11月12日付京都新聞の文化欄に掲載された、片岡幸彦先生(弊社刊『グローバル世紀への挑戦』の編者のひとり 学際NPO「GN21」の代表)の評論を転載いたします。


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イスラムの伝統と欧米近代を超えて

中東の詩人・アドニスの世界 多様で豊かなアラブ文学界  

片岡 幸彦


ここ数年ノーベル文学賞の候補に、日本の村上春樹らとともに中東の詩人アドニスの名が挙がっている。第三世界文学が注目を集めて久しいが、アラブ文学の現状をアドニスを通して探りたい。

1960年代以降、アラブでは故郷と自由の中でさまざまな文学が生まれた。映画化され邦訳もある『太陽の男たち』の作者で、シオニストの手で非業の死を遂げたパレスチナ人のガッサン・カナファーニー、『ハラーム(禁忌)』など短編集を数多く発表し、今も圧倒的な読者をもつエジプトの。30編を越える長編小説で現代アラブ社会を仔細に描いたナジーフ・マフフーズは88年、アラブ圏初のノーベル文学賞に輝いた。

この流れは、サハラ遊牧民の眼を通して現代文明に鋭い問いを突きつけるイブラヒム・コーニー、アラブのフェミニズム作家を代表し、ノーベル賞候補にも挙がるアシア・ジェバールら、作家が生きる環境も実に多様で豊饒となった。アドニスがノーベル賞有力候補補となるのも当然である。

             ・・・・・・・・・・               

アドニスはどういう人物か。30年1月、シリア北部のへき地とも言える農家の長男に生まれた。十二歳で単身、首都ダマスカスに赴き、大胆にも王の面前で詩のプレゼンテーションを試み、その才能を認められたのが、彼の詩人としての出発点となった。24歳で哲学士の称号を得るが、翌年から政治改革運動にかかわり、投獄も経験。解放後はレバノンの首都ベイルートに移り、60年『詩』誌を刊行。自らも詩作に傾注し始め、活動の場も海外に広げていった。80年、内戦に揺れるレバノンを逃れ、渡仏。85年以降はユネスコのアラブ連盟代表に就任するなど、パリに定住し、詩作と評論活動に本格的に取り組み、その業績も国際的に高い評価を得るようになった。

特に後年身をおいたフランスでの評価は高く、グリオ』春季・第五号(平凡社刊、代表加藤周一)にも彼の詩「石たちの叫び」と詩評論「詩とモデルニテ」が本誌編集長片岡幸彦によって翻訳紹介されるなど、日本でもアドニスの名が広く知られるようになった。世界の詩壇では早くから注目され、特にアドニスが後年身を置いて活躍したフランスでの評価は高く、2000年にはフランスのアラブ協会主催の「詩人アドニス、1950一2000」展がパリで開催された。アラブやフランスはもとより、世界中から詩人・評論家80人が集まり、日本からも大岡信が参加した。AA作家会議の招きなどで1974年と80年に来日している。

              ・・・・・・・・・              

アドニスはフランス近代詩の中でも反逆児ランボーの詩に傾倒、イスラム時代の盲目詩人マアーリに心酔する。彼はアラブ文化の首都バグダッドに招かれながら体制と距離を置き、信奉者のみに囲まれ、生涯を詩作に捧げた11世紀の詩人だ。この両者に響き合うのが、アドニスの代表的な詩『石たちの叫び』(91年)だ。冒頭の詩句を紹介したい。

ひとかけらの石落ちて / 壁崩れ 視界ひらけ / 遥かに現われしや 

ああ 思うて久しや 石を  / われら 巡り合い / ともに傷つき 眠り

目覚め 別れ/ また戻れり / かくて 遠く離れ来て / われ初めに砕け落ち

最後のかけらとなりて/ 鏡語りし世界の彼方 今遥かに見透さん 

(筆者訳、春秋刊誌『グリオ』五号掲載)

アラブの歴史はその特徴である「石」づくりの町並みに息づいている。彼らは「石は哲学する」と言う。しかしその「石」も厳しい自然と繰り返される戦争のため、崩れ落ち、民衆はそれらに自らのアイデンティティを託して理不尽な暴力とも闘うのだ。「石」は人々の営みを刻み込んだ歴史であり、伝統であり、破壊への抵抗を意味する。アドニスの詩には、アラブの歴史に脈々と流れ、今も昔も人々に伝わる心の叫びが謳われている。

アドニスはフランス近代詩の反逆児と心を通わせ、アラブ中世の詩的異端児に学びつつ、西欧近代でもない、アラブ・イスラムでもない、固有の現代詩の世界を切り開いている。

(学際NPO「GN21」代表) 


グローバル・ネットワーク21のサイトはこちら 


2010.12.20 Monday 13:20
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